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東京高等裁判所 昭和26年(う)518号 判決

控訴人 被告人 石川成道

弁護人 田村福司

検察官 入戸野行雄関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審に於ける未決勾留日数中九十日を被告人が言渡された懲役刑に算入する。

当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

被告人並びに弁護人田村福司の各控訴趣意は各同人等作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の各書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の通り判断する。

弁護人田村福司の控訴趣意について。

第一点しかし、本件審理の経過に徴すると、証人新井田忠八は同人(本件窃盗の被害者)の押収品還付書及び司法警察員に対する供述調書を被告人や弁護人が証拠とすることに同意しないので、更に検察官並びに弁護人双方から同人を証人として取調られたい旨請求し且つ同人は当時病床にあつたからその現在場所たる住居にて取調べられたいという趣旨の請求を裁判所が許容し、その尋問期日を告げたのである。故に尋問の場所を請求人等の指定する場所即ち新井証人の住居に指定したものと解すべく、なお尋問事項も同証人の判示被害当時の状況につき尋問するものであることは事件審理の経過に徴し被告人や弁護人に自ら明白であるから、特に更めてこれを被告人や弁護人に通知し又はその機会を形式的に与えなかつたとしても所論のように訴訟手続に関する法令違反とは解し難く、仮りに違法としても右違反は本件に於けるように弁護人において尋問事項を知りえたような事情の下では原判決に影響を及ぼすものとは認められない。従つて右証言を証拠としても何等違法な点はない。証人が被告人の予期するような証言をしなかつたとしても右の理を左右するものではない。論旨理由ないものである。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

弁護人の控訴趣意

第一点、原判決は原裁判所書記官補田中貞雄の作成に係る証人新井田忠八に対する尋問調書中の同人の供述を証拠として本件犯罪事実を認定しているが同人に対する証人尋問は刑事訴訟法第一五七条同第一五八条に違反してなされたものであり、その供述は証拠とすることが出来ないにも拘らず原裁判所はこれを断罪の重要証拠としているのであるから訴訟手続の法令違反が判決に重大なる影響を及ぼすこと明かなるものとして原判決は破毀さるべきである。

一、検察官は原審第二回公判において証拠として新井田忠八の提出に係る(一)押収品仮還付請書 (二)司法警察員の作成に係る新井田忠八の供述調書の取調を請求し被告人及弁護人はこれに反対した。その結果検察官は新井田忠八を証人として尋問ありたき旨請求し裁判官は次回(第三回)公判期日に同人を証人として喚問する決定をしてその手続をとつたが同証人は病気療養中で出頭出来ないとの理由で第三回公判期日に出頭しなかつた。夫で裁判官は新井田を再喚問する旨決定した又検察官及弁護人は同証人の尋問はその住居に出張して行はれたしと申出で且つ弁護人は右臨床尋問には立ち会わないと述べたそこで裁判官は右証人の尋問期日を昭和二十五年十一月三十日午後一時と指定したが尋問の場所については何等の決定もせず又何等の通知もしなかつた刑事訴訟法第一五七条第二項は「証人尋問の日時及び場所はあらかじめ尋問立会権者に通知しなければならない」旨の規定をなしその後段但書において「あらかじめ裁判所に立ち会わない意思表示をしたときはこの限りでない」と除外例を設けておるから弁護人に対しては前記の通知を要しないが原裁判所が新井田忠八に対し臨床尋問をなすに当つては尋問場所の指定をなし少くとも被告人に対しその通知をなさなくてはならぬこと言を俟たない。

二、更に原裁判所は右新井田の臨床尋問につき予め被告人及び弁護人は尋問事項を知る機会を与えなくてはならないにも拘らずこれを知る機会を与えずして証人尋問をしたのであつて右証拠調は刑事訴訟法第一五八条第二項に違反してなされたものでありこれを断罪の証拠とすることはできない。

元来刑事訴訟法が証人尋問につき裁判所をして訴訟関係人にその尋問の日時、場所を知らしめ尋問事項を知らせることを要求している所以のものは憲法第三七条第二項「刑事被告人はすべての証人に対して審問する機会を充分に与えられる権利を有する」の規定の精神に由来するもので証人調はそれが被告人に有利な場合であると不利な場合であるとを問わず総て相手方に反対尋問の機会を与えられることが絶対不可欠の要件であり、この根本原則に違背して為された証拠調の結果はこれを断罪の証拠とするを得ないこと勿論である。

三、旧法では公判準備としての証人尋問は被告人の立会権を認めていなかつたのでこの場合に弁護人に尋問の日時場所を通知してあれば憲法第三七条第二項に違反しないとの判例(昭和二三年(れ)一〇五四号同年九月二二日大法廷判決)があるがこの場合でも被告人は弁護人とは独立に立会の機会を与えられるのが憲法の精神に合致すること勿論で右判例は旧法自体を直接に違憲としないと言う救済に過ぎない。

四、叙上の通り新井田忠八に対する臨床尋問については (1) 尋問場所の指定がなく (2) 被告人に対して尋問場所の通知がなく (3) 被告人及弁護人に対して尋問事項を知る機会を与えられなかつた、その結果昭和二十五年十一月三十日に新井田の居宅においてなされた同人に対する証人尋問には検察官が立会つたのみで被告人には全然立会の機会が与えられずこれに立ち会うことが出来なかつたのである。

而して同年十二月八日の第四回公判においては裁判官は証人新井田忠八に対する尋問調書を読み聞けたが被告人は「被害者が三百三円盗まれたことは全然嘘でその金は礼の金です。逮捕された時刑事に対し謝罪したと言うのは言い訳をきかないからです」と犯罪事実を否定し新井田に対する尋問並にその結果に対し異議を述べている想うに原裁判所が叙上調書の読聞けをしたのは刑事訴訟法第一五九条に従つた積りであろうが、同条所定の処置はその尋問について前記 (1) 乃至(3) の違法がなく被告人及弁護人が尋問に立ち会つて充分に反対尋問をなし得る機会を与えられたに拘らずこれに立会わなかつた場合に要求されているもので本件のように被告人に臨床尋問立会の機会を与えられていない場合には後日尋問調書の読聞けがあつても違法の証人尋問が適法化されるものではない殊に被告人はその尋問並びに供述に対し異議を述べているのであるからこれを断罪の証拠となし得ないこと明白なりと信ずる。

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